Stream of the Light
【現と幻の書】
―もう時間が無い。残された道はただひとつ。もし二つの世界を別つ扉が開かれたなら、その時は…―
序章 はじまりの朝 〜Prologue〜
まただ。ここ数日この夢ばかり見ている気がする。真っ白な世界。右も左も分からない。ただ聞こえてくるのは謎の声だけ。そしていつも同じところで目が覚めるのだ。いったいなんなんだろう…。夢と割り切ってしまえばそれでいいのかもしれないが、どうも嫌な予感がする。もちろん俺に超能力なんてないし、霊感も無い。あるといえばこの銀の腕輪だけ…
「…って、えぇ!?」
何で?昨日までこんなもの無かったし、そもそも俺はアクセサリなど持っていない。それになんだか不思議な力を感じる。ふと先ほどの夢が浮かぶ。
「なんて、まさかね」
なんでもない、と自分に言い聞かせ、何事も無かったかのように学園へと向かったのだった。
これがこの男、キョウ・ワイズヤードの朝のはじまりだった。そう、何の変わりもなく過ぎていくはずだった日常。しかしこの朝の出来事によって運命の歯車が動き出したのである。
第一章 鏈霊野 〜The Accident〜
「はぁ…」
キョウは今日何度目か分からない溜息をついた。無論、洒落ではない。今朝の事が気になるのだ。気にしないようにするとはいっても、やはりどうしても気になってしまうのである。
「今日はなんか元気ないな。どうしたんだ、溜息ばっかりついて」
「ん?」
声の方を向くと、サクマの顔があった。
「なんだ、サクマか」
「なんだとはずいぶんな挨拶だな」
苦笑しながらサクマは言った。
こいつはサクマ・キサラギ。俺のクラスメイトであり、友人でもある。機械にとても詳しくて、最近何か開発中らしい。ときどき何を考えてるのか分からないことがあるけど、悪いやつじゃない。って、誰に説明してんだ、俺…
「ところで、その腕につけてるのはなんだ?」
「え?」
改めて自分の右腕を見ると、そこには確かに例の腕輪があった。気にしないように努めていながらも、無意識のうちにはめていたらしい。
「ああ、なんかよさそうだったから買ったんだ。ただの腕輪さ」
俺はなんとか平静を保ちながら苦し紛れにそう答えた。何かあるな、とサクマは思ったが、口にしたのはそれとは違うことだった。
「そうか。なかなか似合ってるんじゃないか?」
サクマは俺がそういうものをつけないと言うことを知っているはずなのだが、あえて深くは聞かないでくれたようだ。こうやって相手の気持ちを考えてくれるのが、こいつのいいところだ。
その後、腕輪のことについて誰かに聞かれることもなく放課後になっていた。授業の内容など頭に入っていなかった。
俺は体道部に所属しているが、今朝のこともあって部活をする気になれなかったので、そのまま帰宅することにした。
その帰り道、いつものように歩いていると突然腕輪が光りだし、全身が光につつまれた。
「うわっ!なんだこれ!?」
俺はそのまま気を失ってしまった。
気がつくと、見知らぬ草原に立っていた。迷ったとかそういうのではない。まるでテレポートでもしてきたような、そんな感じなのだ。明らかに街の中の景色ではなかった。
「ここはどこだ」
ぽつりとそう呟く。
「ここは鏈霊野(れんれいや)。二つの世界を繋ぐいわば架け橋だ。扉は開かれた。お前は呼ばれるべくしてここに来たのだ、キョウ・ワイズヤード」
不意に後ろから声をかけられた。振り返ると一人の男が立っていた。心なしか夢の中の声に似ている気がした。だが、いきなり何を言いだすんだ、この男は。
「なんで俺の名前を知ってるんだ。二つの世界って…扉が開かれたってどういう意味なんだ!!」
そこまで言って、あることに気がついた。
「…というか、あんたはいったい誰だ?」
「覚えていないのか…まぁ無理もないか。私の名はデューク・F・シーヴァント。シーヴァント一族の末裔のひとりだ。我々はこんにちまで二つの世界の均衡を保ってきた。しかし、それが今崩れつつある。原因はまだ分からないが、この均衡を崩壊させるわけにはいかん。我々はそれを未然に防がねばならない。だからお前の力を要するのだ」
デュークと名乗ったこの男は、ひとつずつ説明していった。
「わけわかんねぇよ!世界の均衡が崩れるだかなんだかしらねぇけど、何で俺なんだ!俺に何の関係がある!?」「お前でなければならないんだ。なぜなら―――」
デュークは一度言葉を切った。
「なぜならお前もシーヴァント一族の末裔だからだ」
「!?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「な、何を言って―」
「嘘ではない。お前をだましたところで何の利益もないからな」
「だからって、いきなりそんなこと言われても何がなんだか…」
「まぁ、そうだろうな…。だがこれが現実だ。細かい説明ならあとでしてやる。まずこちらの用事を済まさせてもらう」
「何をするんだ?」
「先述のとおり、我々シーヴァント一族は代々二つの世界―真現界と虚幻界―を統治してきた。そのためには二世界間を自由に行き来できなければならん。しかしその能力は還魂郷に住むものにしかない。そこでだ…」
―サァーッ
ふと、草原を風が吹き抜けていった。
〈ねぇ、デュークぅ。そろそろ出てきていいでしょぉ?〉
何処からか女の子の声がした。あたりを見回すが、どこにも人の姿は見当たらない。
「あぁ。ちょうど呼ぼうかと思っていたところだ」
―パァーッ
一瞬、閃光が走ったかと思うと、5、6人の人間が現れた。
「!!」
驚いた。テレポートとかいうやつだろうか。
「ん〜、テレポートとはちょっと違うんだけど…まぁ、そう考えてもらったほうがわかりやすいかもね」
「なっ―!?」
さっきの声の主と思われる子が言った。というか、そんなことより俺が驚いているのは…
「ぁっ、ごめんね。ちょっとあなたの考えてること読んじゃった♪」
…なんかさりげなくすごいこと言ってるんですが。
「いつものことだ。そんなに驚く必要はない」
そうやって軽く流せるあんたはすごいよ、と思うのは俺だけか?
また頭の中を読んだのだろう。さっきの子がクスクス笑っている。が、この際気にしないことにした。
「あ、まだ名前言ってなかったね。ワタシはフローラ・シーヴァント。よろしくねっ♪」
人懐っこい笑みを浮かべてその少女は言った。
「俺は―」
「キョウ・ワイズヤードでしょ?」
…とっても負けた気分なんですけど。
「では、話を戻すぞ。本来、世界間移動能力は還魂郷の者にしか持ち得ないものだが、冷害もある。…間違えた。例外だ」
「デュークってば、話してるんだから漢字の間違いを訂正しても分からないって」
フローラはあきれたように言った。
「…細かいことは気にするな」
細かいこと気にしてるのはデュークのほうでしょ、とフローラは思ったがそれを言うとまた面倒なことになりそうなので口にするのはやめておいた。
「ぁ〜、どこまで話したんだったか」
「例外がどうとかって話だよな?」
「あぁ、そうだった。それでその例外だが、お前がその例外だ。」
「へっ、俺?」
「そうだ。ごく稀に真現界の人間とほぼ同じ魂をもった者が虚幻界にも存在していることがある。詳しい説明は省かせてもらうが、つまりだ。そのふたつの魂を融合させることで能力を得ることが出来るのだ」
「ということは…」
「ここにいるユウキ・スレイブと融合してもらう」
「ま、ひとつよろしく頼むわ」
ユウキとかいう男をじっと観察してみる。なるほど、もうひとりの俺というだけのことはある。顔から何から容姿が俺とそっくりだ。それに左腕に俺と同じような腕輪をつけている。
「ぁ〜、それって大丈夫なのか?」
「問題ない。…理論上はな」
少し…いや、だいぶ不安になってきた。
「案ずるな。まだ失敗例はない。やったことがないだけだが」
「ん?いまなんて…」
「いや、なんでもない。気にするな。そんなことより、さっさとはじめるぞ。目を閉じて精神を集中させろ」
6人が俺とユウキを囲むようにして立つ。目を閉じると、辺りの空気が止まったように感じた。周りの気がどんどん高まっていくのがわかる。
そしてその気が限界まで高まったとき―
―グラッ
地が揺らいだかと思うと、身体が宙に浮いたような気がした。これが融合というやつなのか?すーっと意識が遠のいていった…
目を開けると、そこは先ほどと変わらない草原…いや、なにかさっきとは違う。
とりあえず、デュークたちの姿が見えない。
「みんなどこに行ったんだ?」
〈ここだ〉
やけに近くから声がする。近くというか、これは…頭の中!?
「なんで俺の頭の中から声がするんだ?」
〈ぁ〜、それはその…なんだ。あれだ〉
やけに言葉を濁している。なんか嫌な予感がする。
〈つまり…失敗、かもな〉
「かもじゃねぇよ!大丈夫だって言ったろ!?」
〈まぁ、落ち着け。本来失敗するはずではなかったんだが、融合(アシミレーション)の瞬間の瞬間に地動波がおこってな。あぁ、地動波というのはそっちの世界でいう地震みたいなものだ〉
そうか。さっきの揺れは地震だったのか…じゃなくて。
「…つまり?」
〈全員の魂がひとつの肉体にはいったということになるな。ほかの者は力を使いすぎて今は眠っている。まぁ、一応融合はしたんだし、よしとしようじゃないか〉
「…………」
もう言葉を返す気力もなくなった。
〈あぁ、それにもうひとつ〉
まだあるのか。
〈当初の予定ではお前の肉体にユウキの魂を移そうとしたんだが、失敗したときに私のほうに流れてきたみたいでな。つまり肉体制御は私の管轄になるというわけだ。だから少し不便かもしれんが我慢してくれ〉
「さんざんだな…」
〈まぁ、そういうな。これからもっと大変なんだ〉
「全っ然、フォローになってねぇ」
「とりあえず、みんなが起きたら詳しい説明をしてやるから、それまではお前も休んでいろ。私も疲れたんでな」
―これは、これから起こる困難のはじまりにすぎなかった―